
桂太郎と児玉源太郎。
総理大臣の座を巡って対立した時期とかあったものの生涯マブダチでいてくれた人たち。
最終的には児玉が譲歩して、桂太郎を陰ながら支えていたイメージです。
太郎が過労で倒れたときも、児玉が看病しに行って(手料理ふるまったりして)…ね。

木戸孝允と大久保利通。明治初期の面白さはこの2人の愛憎劇にあり。
廃藩置県・版籍奉還・五箇条の御誓文・・すべて木戸さんの発案(希望)で推し進められたものですが
大久保公にとっては 『ああ、また木戸さんが余計なことを・・(悩)』 だったのだろうな。
ちなみに大久保さんのこうした黒い感情は、木戸さんにも(それとなく)伝わっていて、
木戸さんの日記を読むと
『此の日、大久保一蔵(利通)に秘密事(版籍奉還のこと)を談ず。彼一諾尽力すといふ。余久しく心に期して施す能はず遺憾なり。・・・大久保と雖も未だ奥意を語る能はず、只表面の条理のみにして止めたり。実に今日の遺憾なり。』…としきりに“遺憾”を発している。大久保さんと心の底から通じ合えないのが残念で仕方ない木戸さんであった。

生化学研究者の久坂さん(という妄想)
プロテインアッセイでタンパク質定量中 最近むらさき色のグラデーションをみると ウホッ いい検量線ひけそう・・ と思ってしまう理系脳

岩倉使節団で渡米中の木戸さん&山田顕義(市)
日米修好通商条約で結ばされた不平等条約を撤廃すべく日夜奮闘中
市「木戸さん~こんな格好で本当に不平等条約は撤廃できるんですか・・??」
木戸「もちろんだとも!市のその愛くるしい姿を見れば米国人のかたくなな感情も和らいで、条約の改正もうまくいくよ★市は日本国民の共有財産なのだよ。」
市「ほんとかなぁ」
この後、条約撤廃は当然失敗に終わり、市はこの恥ずかしい姿を写真にまで撮られ、この写真のために政敵のヤマガタから政治生命をおびやかされるのだった。

久坂玄瑞 (すいません腐った絵で)(腐女子でごめん)
絵を描くさい、下書きするときとしないときがあります・ 下書きするときは大体、服を着ていない(裸の)絵をまずかいて、そのうえに服を重ねて本書き(ペン入れ?)する。
ちょうど↑の絵みたいな。服は体に重ねるイメージです。
しかし、わたしの久坂好きは常軌を逸しているな・・・。どれだけ常軌を逸しているかというと
久坂さんが亡くなったといわれる場所(京都御所内・鷹司邸跡地)まで行ってそこいら一帯徘徊して松ぼっくり拾って帰る程です(謎)…。

ひどい絵キター福沢諭吉
幕末の私塾って色々あったけど1番はモチロン松下村塾で、その次に大好きなのが
適塾(実際見に行った)。
ゆきちもいたし、大村益次郎先生(木戸さんの親友ですよ!日本陸軍の開祖ですよ)もいたし、後世に名を馳せる人すごく多いよね。
それにしても福沢諭吉 性格悪すぎというか…まわりに敵いっぱいつくっちゃうタイプ(新聞紙面で勝海舟に真っ向から喧嘩売ったりしてたし) 一万円札に御尊顔のっけられるほどの人格者ではないと思います。でも超おもろい人なので大好き。

日本で初めての外交官(この時代は“特命全権大使”) 鮫島尚信と長澤鼎。
イギリス留学中ぶどう園に滞在しながら大学に通ってた
長澤なんかまだティーンエイジャーなのに日本の運命背負って(外交官になるべくして)留学とかすごい。

坂本竜馬ひきいる海援隊(亀山社中)のメンバー
日本初の株式会社ということですが少人数で兵器密輸とかよくやれたなーと感心します
それにしても、むつくんの 「竜馬さん大好きv」 っぷりは本当に萌える…

松下村塾の四天王でクリスマス会。…の準備。高杉晋作・久坂玄瑞・吉田榮太郎・入江九一
入江は年長者なので黙々と手順よく準備してそう。
高杉は肉体労働とか嫌いなので一人で先に酒盛り始めちゃいそう。
榮太は正義漢なので怠けてる高杉を叱り飛ばしてそう。
久坂はやさしいので榮太と高杉の喧嘩を仲裁してそう。

日本における有名な演説のなかでも伊藤博文の『日の丸演説』は忘れべからざる名演説だと思います。
明治4年、岩倉使節団の一員として米国へ赴いた際 伊藤博文が特命全権副士として、米国人高官・市民ら数百人を相手に、へっったくそな英語で (それでも堂々と、臆することなく) 行ったスピーチ。その中で伊藤は「欧米の物質的な豊かさには劣るとも、日本国民の精神の豊かさや平和を愛する気持ちは劣らないはずだ」と、“日本はこんな国です”と伝えている。
伊藤のこの演説は忘れられた日本人の誇りを取り戻してくれるすばらしい演説だと思うの
昨今は国旗掲揚や国歌斉唱に抵抗を示す人も大勢いますが (これはGHQによる戦後日本の敗戦国教育が原因だと思うのですが)、そろそろ日本は自虐史観から抜け出して、従来の素朴な愛国心をもってもいいころじゃないかと思うのです。
わたしは理性はサヨクでも精神的にはウヨクでありたい。
