帰還しました。予定より早めに。
小旅行にも行ったりして忙しい年始じゃった…ほんとうに会いたかった友達には会えず
実家に帰る目的(第一義)=旧歓を温めることができなかった(ごめん旧友たちよ。借りてる漫画は夏に返すけんの
岡山駅が大変貌を遂げてたよ!?
い…いったいナニゴトでございましょうや。あんなにさびれた?駅だったのに、デラックスになっていた!トイレまで!
国民の血税はかくも美しく使われていくのだねママン駅構内で迷子になりかけた2×歳の正月
今日はUターンラッシュで新幹線の飽和度がマックスを越えてましたね。
アウシュビッツへ輸送されるユダヤ人よろしくギュウギュウ車両に詰められる大勢の人々…あれは扱いが人間ではない。家畜でもない。物質である。
なーんて悠々と指定席にのさばる私はそれらの『物質』≒“虐げられた人々”(BY.ドストエフスキー)
を横目にワイングラスを傾けつつ数時間かけて
東京へ舞い戻ってきたのでありました。
なんか文句ある?新幹線の中でカラマーゾフを再読しましたv
初読のとき私は、アリョーシャがとっても好きだった・・・
あのころ(初読時)の私はまだ自堕落ではなかったから・・・←???

「神さま、先ほどのあの人たちをみな、お憐れみください。不幸な、落ちつかぬあの人たちを守って、道をお示しください。…あなたは愛です。みなに喜びをお授けください!」
アリョーシャは良い子だ。すぐに赤くなる。すぐに泣く。純情で多感な青年です。
情に感じやすいのは「カラマーゾフ的」一面なのかもしれませんね。
あと関係ないけどアリョーシャの好物「さくらんぼのジャム」なんだって、よ…!!(萌)

再読では次兄に多く共感を得たよーです(驚)。
※私は、無神論者ではありません。神はいるよ…。次兄のイワンはツンデレです。
正しくは
ツンツンツンツンツンツンデレです。ここ肝心ですよ!デレに比べてツンの比率が高いのです。しかもたぶんに
懐疑的・自嘲的ツン!
アリョーシャにキスされて大喜びするイワン超かわゆい
この小説の最大の見せ場とも言われる『大審問官』(第五篇)は、イワン・カラマーゾフが最愛の弟アリョーシャに語る抒情詩というスタイルで展開します。
無神論者だけど、イワンは神の存在とその神秘性(奇蹟)をある一定の範囲で肯定している。
彼の否定するのは「イエスが人々に与えた自由」…
彼の肯定するのは「荒野の悪魔がイエスに放った三つの問い」…
イエスの与えた愛や人類の目指す兄弟愛が虚構に過ぎないことを理論で説明しているのだけれど、しかしイワンの言う「跪拝の統一性」が人間を幸福にするとは思えません。
アリョーシャもそのことを指摘しています。
イワンはそれについて何も言いません。そのままこの話は終わってしまう。
イワンのニヒリズムはおそらくこの時代ロシアの一部の人が持て囃した無神論の典型なのだろうけれど、正邪の区別をつけぬまま終えてしまったこの『大審問官』という抒情詩はイワンの若さゆえの迷いの象徴なのだと思っています。
いつだったかゾシマ長老がイワンに言ったように「自己の弁証法を自分で信じられず、心に痛みをいだいてひそかにそれを嘲笑」する、イワンの人生と神に対するそんな穿った態度が彼をますます不幸に、ますます利己的にカラマーゾフ的人間にしているのです。
イワンは迷える子羊なのです…しかしそれは若さの象徴…私の共感はその点に集中した。。。
