いまさら?と言われそうですが
アルベール・カミュの『ペスト』 読了

(フィリップにショタみ求めてしまい反省)
タルーーーー!!!!ああ…あああ…タルーーー…
あとがき読んでて カミュはこの作品の構想についてメルヴィルの『白鯨』からインスピレーションを得たと書いてあって、え、どのへんが?^^;ってなった
COVID-19の影響で本書の売れ行きが好調とのこと
ペストにより攪乱される人々も、現代とまた同じ。
感染による死の恐怖、隔離生活、
不安に苛まれ他人と寄り添い合いたいにも関わらず、触れ合えないというジレンマ
長く続く閉鎖生活から脱出しようと試みるひとびと
ペストにより変わってしまった社会構造、それを逆手にとって儲けようとする人々…
ああ今と同じー
本書が書かれたのは1940年代、車も電話もあり、ワクチンなど医療的技術もある程度
進歩しているが、それでも未治療の場合の致死率は60~90% なのだから怖ろしい
登場人物は、決して多くない
1人1人のペストと“己”との闘いを、描いているように思った。
印象深かったのは、パヌルー神父
教会での説話 “ペストは神の与えたもうた罰なのか?甘んじて受け入れるものか?”
その後のパヌルーのたどった末路・・これはフィリップの感染、そして死を見守ったパヌルーの“覚悟”と“結論”を反映させたのだろう。壮絶ながら、静かで神聖で、彼らしい最期だった。
それから、最も注目すべきであろう医師リウーとタルーとの交流…。
深夜、タルーがリウーに打ち明けた長い告白。
彼の生き様がこれまでどれほどの不条理に苛まれていたのか知るだに苦しい
(告白のあといきなり深夜の海水浴に行くのもナンカ良かったww(腐女子目線))
でもその後のタルーのことを思うと…;;
物語はペストが収束してハッピーエンドではない。
失ったものの大きさ尊さに比し、得られたものは、一体なにがあったのか?
それに関しカミュは以下のように書いていた。
しかし、彼、リウーは、いったい何を勝負にかちえたであろうか?
彼がかちえたところは、ただ、ペストを知ったこと、そしてそれを思い出すということ、友情を知ったこと、そしてそれを思い出すということ、愛情を知り、そしていつの日かそれを思い出すことになるということだけである。ペストと生とのかけにおいて、およそ人間がかちうることのできたものは、それは知識と記憶であった。おそらくはこれが、勝負に勝つとタルーの呼んでいたところのものなのだ!
ペストと生との賭けの中でカミュは人間の内面に肉薄し、その精神生活を精緻に描いていた。
我々現代人は、コロナと生との賭けにおいて何を失い、何を勝ち得るだろうか?
そして、勝ち得たものを腐らせず、何に活かせるのだろうか?
大いに考える必要があると思う。

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